私の心は神の救いに喜び躍る(詩13・6)
43年間、大学での教師生活を送り、と申しましても一講義いくらのしがない托鉢講師(こういう風に自分を表現しています。)をしておりました。今は教会の中で洗礼を受ける人たちの準備として一緒に聖書を読み、「イエス・キリストはどんな人」を語っています。毎回、下読みの段階で新たな発見があり、私の方が学ばせてもらっています。いただく質問の中にも大きな喜びと驚きがあり、「あなたはすごいことをいうわね。」「あら、そんなすごいことをいったの?」という具合です・
数年前のことです。シスターが「あのーまた、来たんですけどー」「何がきたの?」「洗礼を受けたい人がー」・・・とうとう次の年の復活祭には7名の方がめでたく受洗されました。この小さな教会で何が起こったのか不思議な年で、おそらく生涯忘れることはないと思います。
そんな合間をぬってコツコツと俳句を手帳に書き込み,句誌にも送るようになりました。
ある時はまた、会員とのおでかけの楽しみもあり、老舗の珈琲館に入り緑の窓辺に座りながら、カタカナで書かれたむつかしい名前のケーキを一口一口、評論家のごとく口に運ぶのは至福のひと時です。因にどこからも食レポの依頼は来ませんが・・・・。
こんな日々の中に隠されている神の恵みははかりしれないもの、汲み切れないもので満ち満ちている気がしています。
花の十字架 ロシアの侵略によるウクライナとの戦争が一日も早く終わりますように願いつつ、花の十字架をいくつもクロスステッチで刺した作品です。 K.U